私は自分の体調に異変を感じ始めていました。 それは、『身体が疲れやすくてだるい』という症状でした。
「肝臓がん末期闘病記」の記事一覧
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肝臓がん末期闘病記の記事一覧は、過去の記事から表示されています。
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肝臓の検査で異常に高い数値に驚く
数日後、肝機能検査の結果を聞きに病院へ行きました。すると先生からこんな事を言われました。『【GOT】と【GPT】の数値が異常に高いです。紹介状を書くので大きな病院で診てもらって下さい。』と。
たらい回し?時間がかかり過ぎる病院に不満
この時はまだ私の病気が肝臓ガンの末期だとは判明していませんでしたが自分でも日々、症状・体調が悪化しているのが分かる患者でした。それを『たらい回し』にして1ヶ月も放置して置かれるなんて本当に強い不満を感じました。
入院初日に肝臓がんの告知を受ける
入院はやっとできたものの、検査結果が不安で不安で仕方がありませんでした。『癌でなければ良いんだが。』私も妻も同じ気持ちでした。
ガン告知を受けた直後の私
肝臓ガンの告知を受け、妻を病院の玄関まで見送りに行った記憶はあるのですがそれ以外の事は今でも全く思い出す事が出来ません。
死の恐怖と闘いながら…
肝臓ガンを告知されてから、真っ先に自分に降りかかってきたのは【死の恐怖】でした。肝臓ガンの告知を受けた当日の夜は、その【死の恐怖】と闘いながら、ひとりでいろいろな事を考えていました。
肝臓がんの治療が始まる【経皮・経胆・胆道ドレナージ・ステント挿入手術】
肝臓がんの治療がいよいよ始まりました。その治療とは、身体に溜まった胆汁を出す手術を行うことで、【経皮・経胆・胆道ドレナージ・ステント挿入手術】という難しい名前の手術でした。
カテーテル手術|リザーバー(太鼓)が腹に
私はカテーテル手術を受けました。2004年(平成16年)3月18日の事です。
余命3ヶ月の宣告を受ける
私がカテーテル手術を受けた直後、妻は主治医から余命3ヶ月の宣告を受けていました。もちろん当時の私は全く知りませんでした。
肝臓移植 妻が肝臓提供を申し出る
「笹野さん実はですね、ご家族の方から肝臓移植の申し出がありましたので今日はそのお話しをさせて頂こうと思います。」
肝臓移植ドナーが『家族』は考えられない
私のために健康体の家族の身体にメスを入れる事なんて、私は決して出来ないし、私にはどうしても家族を肝臓移植のドナーにする事など考えられませんでした。
大学病院へ向かうが疲れやすくとても辛い
2004年(平成16年)3月26日、大学病院に肝臓移植の説明を聞きに行く日です。この時期は肝臓ガンも進行してたためとにかく疲れて大変でした。
肝臓移植の費用、健康保険適用から外れている
肝臓がんの腫瘍が5センチ以上の場合と、腫瘍が4つ以上の場合、健康保険は適用されません。その場合は全て実費になってしまいますので、肝臓移植費用として、《1,500~2,500万円》位かかるかと思います。
大学病院へ転院するまでの2週間で出来る事は無いか?
やはり肝臓移植は受け入れる事が出来ない。大学病院へ入院するまで約2週間ある。この2週間で何かできる事はないだろうか。このまま時が過ぎるのを待っていれば良いのだろうか。
退院した日に友人を誘ってセリ採りへ
肝臓移植のため、大学病院へ入院するため当時入院していた病院を退院した日、私はこれがもしかしたら『最後のセリ採り』になるかもしれないという気持ちでセリ採りに行きました。
【乳酸菌酵素抽出液】と【アガリクス】という健康食品を紹介してもらう
私は伊藤さんから【乳酸菌酵素抽出液】と【アガリクス】という2種類の健康食品を取り扱っているお店を紹介してもらいました。
【乳酸菌酵素抽出液】と【アガリクス】を飲み始める
伊藤さんに紹介されたお店で【乳酸菌酵素抽出液】と【アガリクス】を購入した私達は家に帰ると早速飲んでみる事にしました。
肝臓に心地良さを感じる
健康食品を飲み始めて3日目の4月1日の夜の事です。眠りについてからどれ位経った頃だったでしょうか、肝臓のあたりで《何か》を感じました。言葉では何と表現して良いのか分かりませんが肝臓のあたりがとにかく心地の良い感触でした